午後のガーデンテラス

散歩

強い人

20年ぶりに、大学時代の友だちと六甲山で再会した。彼女とはクラスは違ったが心理学のゼミでよく話をした。彼女は良い成績を収めて念願の研究所に入り、そこで何年もの間すべてを犠牲にして働いた。しかし、10年ほど前に体調を崩してしまい手術を受けたが治りが悪く、その頃から車椅子の生活をしている。そして数年前から、養生のために実家に戻り家族に介護を受けている。お母様の話では、彼女は介護生活を始めるようになってからも現実を受け止めることが出来ないで、しばらくは家の中で荒れていたそうだ。最近になって少しは心穏やかな時もあるが、やはり家族に対して酷いことを口に出したり八つ当たりするそうだ。彼女のお母様とは数回しか会ったことがないが、さぞかし苦労されていると思われた。私の母と同世代にも関わらず、介護疲れでかなり老け込んで見えた。きっと、障害者とその家族の間には見えない障害物がいくつもあるのだろう。私はこの日、はじめて車椅子を押した。持ち手のところを握ってゆっくりと押しながら、泣きそうになるのをこらえて前に押した。『重たいけど大丈夫かな、私って結構重たいんだよ。』と戯けて見せる彼女の声に、悲しくなった。障害者を支えて生活されているご家庭では毎日大変な介護をして、毎回悲しい気持ちに負けないでこの重たい車椅子を押し、会社勤めをされている方もあるだろう。頑張っても頑張っても負けそうなくらい、介護は大変なことだと思った。お母様は『ここ数ヶ月の間に少しは足を動かすことが出来るようになったが、わがままを言ってリハビリをしようとしないんです。でももう長くないので、あの子に強く言えないんです。本当は良くないと分かっているのですが…。』そうおっしゃった。今日という日が心苦しい日ではなかったと言えば嘘になるが、振り返ってみるとそう悪いものでもなかった。彼女と話した午後の時間は、最近面白かった本の話や行ってみたい場所についてたくさんお喋りした。しかし彼女の口からは一度も、自らが障害者であることや私が健常者であることに対する僻みは出てこなかった。彼女は強い人だと思う。それは確かなこと、そしてもう一つの確かなことは、私が彼女に伝えることがあったこと。…もしも私が彼女と同じくらい強い人だったら『もう少し、お母様に優しくして。こんなにあなたのことを思ってくれる人は他にはいない。』と伝えることが出来たのに…。

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