今までに一度だけ、『狐の嫁入り』を見たことがある。夏の終わりの暖かい日の夜のこと、私はまだ高校生だった。目の前の山の中程に、連なるいくつもの松明の火が山頂に向かっていた。赤い点々が順番に点滅するように、ぼんやり浮き出ては消えるように進む行列。きっとこれが『狐の嫁入り』なのだろうと父の運転する車の中で見ていた。それは田舎の知人のうちに行った帰り道のことで、当時の私は友だちの結婚式さえ出席したことが無かった。けれどあの日確かに、私は背筋をピンと伸ばして始めての結婚式に参列していた。それ以来、その日のことを時々思い出しては、あれは夢だったのかと思うことがある。父に聞いてみれば良いものを、私は今も確かめられないでいる。‥でも、幼少期にしか見えないトトロのように、確かにあの日の私と父は『狐の嫁入り』を見た。何故ならあの日『「狐の嫁入り」かぁ‥。』という、父の声を聞いたもの。
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